そもそもお遍路ってなあに?
空海ゆかりの霊場を巡る旅が、お遍路です。
でも、お遍路という呼び方はしっていても、実際のところは、なんなのか知らない人が多いと思います。
そこで、このサイトでは、お遍路情報をあつめてまとめてみました。
お遍路とは、空海ゆかりのふだ所や霊場、四国にある88ヶ所のを巡ることを指します。
「四国巡礼」とか「四国遍路」とも言われることもあります。
お遍路は観音霊場のなかでも特に空海(弘法大師)にゆかりのある霊場を巡ります。巡札が観音霊場を巡る旅であるのに対比しています。
ではでは、空海ゆかりの霊場というのは、なぜそうなったのでしょうか?
今では「弘法大師」の名で広く知れわたっています空海は、平安時代初期のお坊さんです。
774年に今の香川県の讃岐国で生まれました。18才で京の大学へ入り、儒学の研究をする明経道を専攻しました。そうして、大学での研究を発展させるために、19歳を過ぎると四国の山林での荒行を始めました。そして、荒行のなかで悟りを開いたと言われています。
その後、唐へ渡り真言密教の教えを会得した後、ニッポンへ帰国し、高野山を開山します。最期は、高野山で入滅しました。
空海の入滅後、弟子の修行僧らが、その足跡をたどって修行を始めました。これが四国遍路の原型とされています。
その後、修験道の修行地等も加わった四国全体を修行の場をみなすような修行を行なう修行僧や修験者が多くなりました。
その後の時代ごとに発展的に伝えられ、室町時代にはこうした僧侶の遍路が盛んに成ります。
江戸時代の初期に成ると、「四国遍路」と言う言葉が一般的になり始めました。僧侶だけでなく多くの大衆にも広がっていきました。
17世紀に成ると、遍路ブームに火がつきました。「四国遍路道指南」と言う、今で言う旅のガイド本のような本が出版されたり、大衆化していきました。
現代でも脈々と受け継がれているお遍路、空海ゆかりの霊場を巡る旅を楽しくするための情報をお伝えしていきます。
